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ふたりで分かち合う服を作る日本人デザイナー

「この服は、大切な人の温もりと同時に、彼らがそばにいないときの孤独も感じさせます」

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sep 3 2018, 12:38pm

Images courtesy Akihide Nakachi

デザイナーの名嘉地明秀は、ずっと「肉眼では見えないもの」に魅了されてきたという。この感覚は、東京を拠点とする彼のデビューコレクション〈you are (were) here〉にはっきりと表れている。〈you are (were) here〉はふたりで着るために作られた、コンセプチュアルなドレス、コート、スーツのラインだ。結合双生児のような、襟元で繋がった一対のワンピース。テントのようなトレンチコート。背中にポケットのついたコバルトブルーのスーツジャケット。このポケットは、着ている人は手が届かないが、誰かが抱きつけば手を滑り込ませられる位置にある。

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「抱きしめることのできる服を作りたかったんです」。名嘉地は心理学の学位取得後にファッションを学び、Yohji YamamotoやCOMME des GARÇONSなどに勤めた。「この服は、大切な人の温もりと同時に、彼らがそばにいないときの孤独も感じさせます」

服を分かち合うという親密な行為は、少しだけ性的な気配を漂わせる。例えばラブコメの男性主人公が、恋人の震える肩にジャケットをかけるように。けれど、名嘉地のふたり用の服が示すのは、身につけるものから生まれる人間関係の親密さだ。彼は〈誰かと共有する服〉が築く信頼関係を明らかにしている(『トラベリング・パンツ』では、この関係が壊れてしまうこともあったが)。今回のコレクションを象徴する、フリルやプリーツがふんだんにあしらわれたピンクのラップドレスは、ひとりで着るには大きすぎる。しかし、ふたりのモデルがその中で寄り添うと、母親のスカートに潜り込んだ子どもが抱くような安心感を生み出す。

「スウェーデンには、ふたりで1着のシャツを着て、できるだけ速く移動するという子どもの遊びがあります」とルックブックに登場するスウェーデン人モデル、ナタリー・カンタクシーノ(Nathalie Cantacuzino)はいう。彼女は幼い頃にこのゲームで遊んだことを思い出したそうだ。

もちろん、私たちは腰でつながった服を着てよろよろと歩き回るわけにはいかない。名嘉地にとっての挑戦は、理論上はふたりで着られるが、ひとりで着ても過剰ではないシルエットを作ることだった。「この服をひとりで着たとき、全く想像していなかった形になり、とても驚きました」。パートナーが服から抜け出すと、その人の腕や頭の入るスペースが空き、余った布はドレープになる。これらのディテールが表すのは、愛の影の部分、喪失、そして私たちが元恋人の擦り切れたTシャツや亡き祖母のカシミアのスカーフに抱くような思い出だ。

名嘉地は、カップルが抱き合う生活を切り取った写真から、今回のコレクションの着想を得た。これは、日本の公共の場ではめったに見られない光景だ。「日本人は、自分の身体をとても強く意識しているんでしょう」と名嘉地は語る。「集団に所属していれば自信を持てるのだと思います。ですが同時に、私たちの身体には、個人として自己を表現したいという欲求があります」。服を共有すること、つまり人前で堂々と愛情を表現する行為は、日本における公私の二分に対する挑戦なのだ。

カンタクシーノも彼に同意し、この服を着たときは「見知らぬ人の前で作り出す〈パーソナルスペースの泡〉を捨てなければいけない」と語った。例えば、東京で通勤する人のワードローブの定番でもあるトレンチがふたり用になることで、自分と世界を隔てる壁としてのコートの概念が覆される。

「もちろん、誰彼かまわずコートに招き入れるわけではありません。心を開いている相手だけです」と名嘉地はいう。服がいかに人と人とを結びつけるかを探る〈you are (were) here〉は、日本のペアルックのトレンドが行き着く先なのかもしれない。友人や恋人と服装を合わせるだけで、または全く同じ服を身につけることで、この世界における私たちの居場所は、より明確になる。「私のコレクションもペアルックも、気持ちを分かち合うためのものです。相手のことを想っていると証明できる、または少なくともそう見えるからこそ、ペアルックはこれほど流行しているのでしょう

ファッションは、個性を表現するものだと思われがちだが、〈you are (were) here〉は、個でありたいという欲求と、集団に所属したいという欲求のあいだの葛藤を表現している。名嘉地がふたりに着せると、ビジネスカジュアルである白のドレスシャツは拘束服になる。このシャツを着た人は、もうひとりと引き離されなければ自由に動けないのだ。日本では、キャリアを優先して結婚や出産を諦める女性が増えつつある。名嘉地のコレクションは、ファンタジー的ではあるが希望に満ちた解決策なのかもしれない。私たちは孤立することなく個として存在できるのだろうか? 「できます。私たちは皆、自力で生きていかなければいけません。でも、ときには他人に頼ることも必要です。服にある空間は、誰かの存在を思い出させます。〈you are (were) here〉のテーマは、特別な人の存在を決して忘れないことなのかもしれません」。コレクション制作に取りかかる前、名嘉地は「精神的に弱って」いた時期があったという。そのときに彼自身が周囲から受け取った優しさや応援を表現することが、〈you are (were) here〉の大事なインスピレーションとなった。

ふたり用の服なんて非実用的だ、と関心を示さない人もいるかもしれない。原宿の女の子の間で服を結び合うのが流行したりもしないだろう。しかし、コンセプチュアル・ファッションの目的は、着られることよりも、服の概念を刷新することだ。米国では、オーバーサイズのトレンドは〈womanspreading〉と呼ばれており、エディターのアリッサ・コスカレリ(Alyssa Coscarelli)は、ウェブメディア『Refinery29』で「このトレンドが、電車や歩道、ひいては社会全体で女性が居場所を取り戻すきっかけになる」と述べた。名嘉地のふたり用の服は確かに場所をとるが、他人を招き入れる余地も作り出している。

「親密な接触によって、信頼感を高めるオキシトシンというホルモンが分泌されます」と名嘉地は説明する。少子高齢化が進み、孤独死が急増する現代の日本社会において、信頼は特に重要だ。〈you are (were) here〉は、あらゆる人の孤独への答えであり、服を〈分かち合う〉ことで相手への思いやりを求める。「独りで苦しむのではなく、互いに頼り合っていいのだということを伝えたかったんです」

This article originally appeared on i-D US.

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