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      film Colin Crummy 1 March, 2017

      黒人とクィア:『ムーンライト』は何が革新的なのか?

      黒人のゲイである少年の成長を描いた『ムーンライト』は、ブラック・シネマにとっても、LGBT映画にとっても大きな転機となる作品だ。その衝撃と重要性は、決して過小評価されてはならない。

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      『アフリカ系アメリカン映画の歴史事典(Historical Dictionary of African American Cinema)』という一冊の本がある。これは、スパイク・リーの監督作品からブラックスプロイテーション映画、そして美容院を舞台にしたコメディまでを包括的に紹介したアフリカ系アメリカ人映画のガイド本だ。

      世界で人気の入門書『For Dummies』シリーズの"ブラック・シネマ版"とも言うべきこの本は、アフリカ系アメリカ人たちの文化やアイデンティティに対する一般人の概念を揺るがした名作から、そうではない駄作まで、すべてをアルファベット順にまとめている。駄作には、映画の世界で数十年にもわたり間違ったイメージで描かれ(または無視され)てきたアフリカ系アメリカ人たちの姿がある。そこに葛藤し続けてきた彼らの存在があるかぎり、駄作もまた重みを持っている。

      LGBT映画も同様の歴史を辿ってきた。クィアな登場人物やテーマは、メインストリームの映画界では、存在しないか、もしくはステレオタイプで描かれるかのいずれかだった。『セルロイド・クローゼット』(1995)は、映画でもその原作となった本でも、映画界におけるLGBTの存在について深く探った重要なガイドとなっている。

      アフリカ系アメリカ人とLGBTは、ともにジョークのオチや隠れたモンスターとして描かれ続けてきたが、映画の中でそれを併せ持った人物が登場することはほとんどなかった。『アフリカ系アメリカン映画の歴史事典』でも、LGBTのキャラクターやテーマは取り上げられていない。一方、LGBT映画では白人のゲイ男性ばかりが描かれる傾向にあり、多様性への意識は遅れをとっていると言わざるを得ない。

      「アフリカ系アメリカ人」と「LGBT」がまじわる映画も皆無ではない。70年代にアフリカ系アメリカ人の監督たちが、アフリカ系アメリカ人のために映画を撮って、築き上げた「ブラックスプロイテーション映画」には多くのクィア・キャラクターたちが描かれた。しかし、それらの登場人物は道化か悪の役回りがほとんどだった。そう、黒人俳優たちには身に覚えのある役回り――白人社会アメリカにとっての"恐怖"を体現する存在として黒人が用いられたように、ブラックスプロイテーション映画ではクィアのキャラクターが"恐怖"の象徴として用いられていたのだ。

      80年代にニュー・ブラック・シネマが誕生して、黒人のステレオタイプは打ち砕かれた。しかし、LGBTコミュニティに関する偏見に変化が見られることはなかった。1990年に公開されて、続編が次々に作られるなど広く愛された映画『ハウス・パーティ』は、子育てや生活環境、黒人ティーンなど、それまで映画の中で描かれてきた黒人に対するステレオタイプに大きく揺さぶりをかけた意欲作だったが、警察署の牢獄がAIDSや同性愛行為の温床として描かれるなど、LGBTへの偏見は色濃く残っていた。

      ブラック・シネマは、これまで同性愛を真正面から描くことがほとんどなかった。『Brother to Brother』(2004)や『アリーケの詩』(2011)などは例外で、世界の映画祭では評価されたが、やはり映画界を超えて人々に共鳴するには至らなかった。一方で、ドキュメンタリー映画は黒人ゲイのアイデンティティを見つめる上で力強いメディアとなっている。例えば、『パリ、夜は眠らない』(1990)はその好例だ。『Tongues Untied』(1988)では、自身も黒人ゲイであるドキュメンタリー作家マーロン・リッグス(Marlon Riggs)が、黒人ゲイのアイデンティティを深く探ることで、性差や人種的相違についての問題を前にアメリカが続ける"残忍なまでの沈黙"を打ち崩そうとした。

      『Tongues Untied』が公開された1988年以降、映画界において性的・人種的相違についての沈黙が続いたことからも、アフリカ系アメリカ人のLGBTアイデンティティがいかに風穴を開けづらいテーマであるかがわかる。だからこそ、ゲイの黒人少年が成長していくさまを捉えた『ムーンライト』は画期的な作品なのだ。

      『ムーンライト』は、黒人ゲイのアイデンティティが交差するさまを克明に描いた作品だ。映画自体が、人種やセクシュアリティ、男性らしさ、そしてアイデンティティをテーマとしている。
      舞台はマイアミのリバティ・シティにある低所得者用の公営住宅。そこで育ったゲイの黒人男性、シャイロンの半生が描かれている。映画は、シャイロンが"リトル"というあだ名で呼ばれていた少年期からはじまる。シャイロンは薬物中毒の母親の元に育つが、地元でコカインの売人をするホアンが「安全なスペースを」と厚意で招き入れてくれた家を聖域として、少年期を過ごす。食事をし、寝かせてもらうこともあり、また問題から身を守るために逃げ込むことも多かったこの"聖域"で、シャイロンはホアンと、同棲しているホアンの恋人に「オカマ」という言葉の意味を尋ねる。父親のような存在であるホアンの答えが、シャイロンの将来を決定づける。

      原作は、この映画で脚本・監督を手掛けたバリー・ジェンキンスと同様にリバティ・シティに育った戯曲家タレル・アルヴィン・マクレイニーによるもの。ジェンキンスは、シャイロンのアイデンティティを形成し、また運命を決定づけてしまう瞬間を3部構成で描いていく。

      先日、第89回アカデミー賞作品賞を受賞した『ムーンライト』は賞レースを爆進中だ。329部門にノミネートされ、これまでに計150部門を受賞している。批評家たちもこの作品を絶賛する評を次々寄せており、アメリカでは公開から数日で50万ドルの興行収入をあげた。『Forbes』誌はこれを、有名監督やキャスト不在で起こった「インディ映画の突発的大成功」と讃えている。

      この映画はまた、黒人クィアにとっても歴史的な出来事だ。「現状の映画界で、ジェンキンスは一体どうやってこの映画を作り上げたのか」と『New Yorker』誌の映画評論家ヒルトン・アルスは『ムーンライト』について書いている。「しかし彼は今、この映画を作ってみせた。その事実が、今後大きな変化をもたらす」と。

      『アフリカ系アメリカン映画の歴史事典』の序章で、編集者ジョン・ウォロノフ(Jon Woronoff)は「黒人映画はほぼあらゆるテーマを扱ってきた」と書いている。しかし、「ほぼ」というからには「すべて」ではない。この本は改訂が必要だ。ウォロノフは黒人映画の歴史について、こうも書いている。「アフリカ系アメリカ人はまず、映画に描かれる自らのイメージに関してステレオタイプを打ち破った。そして今、アフリカ系アメリカ人の人生を美しく描くことのできる土壌を作った」――『ムーンライト』は、黒人ゲイのアイデンティティを克明に描いた作品だ。まさに、ウォロノフが言うところの"ステレオタイプを打ち崩し、アフリカ系アメリカ人の人生を美しく描いた"作品なのだ。

      Credits

      Text Colin Crummy
      Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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      Topics:film, culture, preview, think pieces, moonlight, gay, lgbt, blm, african americans, representation, academy awards

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