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      think pieces Aleks Eror 30 September, 2016

      ベルリンは本当に楽園なのか?

      安い家賃に最高のナイトライフ、真の自由。デヴィッド・ボウイ、イギー・ポップ、パンク、ベルクハイン……。「ベルリンの暮らしは最高だ」とひとは言う。しかし、果たしてそれは本当なのだろうか?

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      「ロンドンは、普通のひとが普通の暮らしを維持できないほど、物価の高い都市になってしまった」。各紙の論説がそう伝えている。通勤圏で小汚いアパートをシェアすることでロンドンでの暮らしをなんとか維持している人々は今、ある決断を迫られている--ロンドンから離れて郊外の奥地へと引っ越すか、もしくはヨーロッパの他都市に移り住んで都市生活を維持するか。

      後者を選んだひとの多く、その中でも若く、流動的でクリエイティブ、そして自由なひとにとって、ベルリンは申し分のない移住先だ。行き先を失い、追い詰められたロンドナーにベルリンが魅力的に映るわけは理解できる。ナイトライフ、カルチャー、都市のサイズにおいて、同じ大陸内にある都市としてはベルリンがロンドンに最も近いレベルにあるからだ。そのうえ、物価はロンドンと比べ物にならないほど安い。もちろん、パリはより類似点が多いし、アテネの物価はベルリン以上に良心的だ。それでもなお、ベルリンが魅力的に見えるのは「他の北ヨーロッパ文化との類似点が多いにもかかわらず、生活苦を心配する必要がない」という点にある。

      この"類似点"は、「ベルリンはボヘミアン版ロンドン」という間違ったイメージを与えがちだ。家賃も現実的な額で、生活コストは安い(調べによるとロンドンに比べ、ベルリンは家賃が68%、生活コストは47%安い)。神格化されるベルリン--しかし、その過剰ともいえる理想化が、現実を歪めている。

      もはや寓話化されているベルリンの家賃事情だが、現地の賃貸物件事情を知れば知るほど、不安と失望のうちに貯蓄を切りくずさねばならなくなる。ベルリン市民の多くはサブレット(また貸し)での賃貸契約を結んでおり、2014年だけでも45,000人もの転入者を受け入れた人気の市内5地域では物件を巡っての競争が熾烈化している。あるサブレッターは、空いた部屋を貸そうと入居者を募集したところ、70~80件ほどの問い合わせがあったという。私もベルリンに移り住んだばかりだが、私の経験からしてもこれが大げさな話でないことがわかる。

      ベルリンでの住居探しは、仕事を見つけるのに似ている。転職サイトやFacebookのグループにできるだけ数多く登録し、空き部屋の情報がアップされるのを待つ。そして、なぜ自分がルームメイトとして最適な人物で綺麗好きな上、ケーキ作りが得意で、それを食べてくれる同居人を探している旨を手紙にしたためる。そこで誰かの目に留まれば、ルームメイトとなるかもしれない先住人たちから家へ招かれ、彼らに気に入られるよう最善を尽くす。部屋探し版婚活バラエティ番組といったところなのだ。

      また、ベルリンの家賃事情も忘れてはならいない。安い物件で、家賃が個人契約で月850ユーロ以下、サブレットで月450ユーロ以下である場合、不法占拠した建物の一室のような環境に暮らすことを覚悟しなければならないだろう。トイレは、閉鎖された矯正労働収容所からそのまま持ってきたような代物がほとんどだ。

      個人契約のアパートを探すのであれば、「台所のシンクやカウンター、食器棚、オーブンなどの基本的な設備を設置する義務が大家にはない」ことを理解しておかなければならない。そうでなければ、入居時にはすっからかんのキッチンに、また転出する際にはせっかく揃えたキッチン設備をどうするか悩まされることになるだろう。

      ベルリンのナイトライフはもちろん素晴らしい。色とりどりのバーやクラブがあり、快楽絶対主義的な雰囲気に満ちた街は一大パーティの様相を呈している。だからこそ、バランス感覚のある街に必ず求められる要素が、ベルリンにはぽっかりと抜けて落ちているのだ。

      例えば"食"である。レストラン事情は、ニューヨークの水準に遠く及ばない。新鮮な魚や美味しい肉を見つけるのは至難の業で、インフラは粗末。人々の食への情熱も希薄だ。ベルリンは全般的に乱雑で、機能不全を起こしているところがあり、プロフェッショナルさに欠ける。週末60時間をテクノクラブの館「Berghain」で過ごし、脳みそをGHB(脱法ドラッグ)でふやかしてしまっている人々に合わせたレベルのクオリティしか供給されていないのだ。

      ドイツを「能率性の国」と教えられ、すべてが効率的にオートメーション化されたベンツの工場のように考えていたひとには、意外に聞こえるかもしれない。しかしベルリンはドイツの中でも、そしてヨーロッパの中でも、例外なのだ。そしてそこには、なぜベルリンが今このような状態にあるのかを裏付ける歴史的背景がある。

      ベルリンの物価が安いのは、主にベルリンに流れる貨幣が少ないからだ。ベルリンにあった産業は、ナチス政権下ドイツ・第三帝国の衰退とともに消滅した。戦後が世界の先進国が軒並み好景気に向かっていく一方、ドイツはひとり、経済を支える工場すら破壊されたまま衰退していった。ベルリンの壁は、物理的だけでなく経済的にも街を断絶した。その結果、社会主義の侵略を恐れたドイツ銀行、アリアンツ保険、電化メーカーAEG、ルフトハンザ航空など大手ドイツ企業はそろって西へと本社を移転した。

      中小企業もそれに続く。ベルリンは経済のブラックホールと化し、投資家たちからも忘れ去られていった。その後も1989年まで、ベルリンは経済的に"忘却の地"として扱われ続ける。この時点で、ドイツ企業はいずれも新天地でのインフラに莫大な投資をしていたため、ベルリンに戻ることなどできる状態ではなかった。これもまた、ベルリンの物価がいまだ安い理由のひとつだ。ベルリンに住む銀行員や企業顧問弁護士など、一般生活コストを上昇させるホワイトカラーもいまだに一握りほどしかいない。

      そのかわり、ベルリンは世の脱落者やボヘミアン、アウトサイダーたちが集まる灯台のような役割を担うようになった。西ベルリンの市民は冷戦時代を通して兵役を免除されていたため、義務と責任から逃れたい多く国民が西ベルリンへと流れ込んでいった。徴兵制と"鉄のカーテン"は歴史のうちにその姿を消したが、そのアイデンティティは今でもこの街に深く根付いており、現在でも多くのひとのアジール(避難所)となっている。

      ベルリンは45年にもわたり、資本主義の完全な支配をまぬがれていた。そしてそのことが、新自由主義の残酷な一面から今でもこの街を守っている。スタイリストやレコードレーベルのオーナー、どんな職種であろうと、ベルリンではモノを作り、それを販売するのに平日をみっちり捧げる必要はない。どんな職種でも「特段得意でなくても仕事として成立する」という、先進国には稀な都市なのだ。その結果、ロンドンやニューヨークのような市場重視・実力主義社会の街を敬遠する多くの人々が、ベルリンへとやってくる。経済的な困窮を心配する必要性がないことで、才能ある者たちは富を築き、凡人は自身の限界から目を背けて生きることができるのだ。

      これらすべての要素が、1920年代からベルリンをベルリンたらしめる"文明的カオス"を作り上げている。それによって、資本主義の本質的な良さにも気がつくことができた。ロンドンのような街では、不動産王や政治家でもないかぎり、誰もが経済の均衡性において弱者の立場に立たされることになる。そしてもちろん、そこには現状に対する不満が生まれる。ベルリンにいる私は、そんな一切から解放され、自由の身になった。同じ経済的プレッシャーも、ここでは人々をより懸命に働かせ、より一層技術を磨かせ、より高基準な仕事をして、自らのために生きようとする動機となっている。

      ベルリンがヨーロッパにある他の都市のようにスムーズに機能しない所以はそこにある。しかし同時に、それがベルリンを人間らしい街にしているのもたしかだ。私は何が変わるべきとも考えていない。自分の意思で、ここに住み続けたいと思っている。ただ私が言いたいのは、「もし楽園を探しているのなら、ここでは見つからないかもしれない」ということなのだ。

      @slandr

      Credits

      Text Aleks Eror
      Photography N Whitford
      Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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      Topics:think pieces, culture, berlin, reality, moving to berlin, downsides to living in berlin, aleks eror, gentrification, renting in berlin

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