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      think pieces Kathy Iandoli 3 March, 2017

      パンツから紐解くHIPHOP史

      パンツ、スラックス、ズボン——呼び名は変わっても、下半身を包むアイテムの変革を知れば、ヒップホップの歴史がわかる! ヒップホップ黎明期から2016年まで、ラッパーたちのパンツの歴史を辿ってみよう。

      パンツから紐解くHIPHOP史 パンツから紐解くHIPHOP史 パンツから紐解くHIPHOP史

      昨年のサンダンス国際映画祭で上映された『Fresh Dressed』は、ヒップホップにおけるファッションの重要性に焦点を当てたドキュメンタリー作品で話題をさらった——が、映画に関する話はまた機会を改めるとして、i-Dはここで「パンツ」にのみ焦点を当ててヒップホップ界のファッションを探ってみたいと思う。1本のパンツが巨大なムーブメントを引き起こすことがある。バギーすぎるものからタイトすぎるものまで、ラッパーの多くがこれまでパンツでアイデンティティを表現してきた。もちろん基本となるスタイルはある。しかし、特定のパンツが特定のアーティストによって確固たるイメージを築いたケースも多い。i-Dはここでそのようなパンツたちを挙げ、ヒップホップの歴史を紐解いてみたい。

      でもここで「ヒップホップ × パンツ」の歴史の旅へ出る前にひとつ——まずはジーンズという偉大なるアイテムを皆で讃えよう。80年代初頭にはダメージ、80年代後半にはポロシャツとの合わせ、90年代にはFUBUやTommy Hilfigerなどのブランドが魅力を再解釈して新たな時代を築き、その後は世界の名だたるブランドがこぞってオリジナルのデニムを開発、そして原点回帰——このようにしてジーンズはいつの時代にも消えることなく生き続けてきた。ヒップホップの世界においても、アーティストたちが愛したのはジーンズだった。ひとつの時代だけに焦点を当ててもその壮大な世界観を語ることはできない。というわけで、i-Dはすべての時代のパンツをここに網羅したいと思う。

      ベルボトム

      時代:1970年代後期

      ディスコ時代後期は、ヒップホップ時代の幕開けでもある。1970年代後期、ベルボトムは依然「定番」として存在し続けていた。シュガー・ヒル・ギャングもベルボトムを着用しており、レジャースーツにモノクロのジオメトリック柄シャツを合わせてベルボトムでまとめたスタイルが、あの時代のスタイリッシュの極みだった。KRS-Oneは、DJプレミアがプロデュースした「Outta Here」のリリックで「ベルボトムにLeeのジャケットを合わせたかった/でも俺とケニーにそんな金はなかった」と当時のスタイルを歌っている。音楽でもファッションでも、ディスコとファンクの要素がヒップホップを生んだのだ。今はお手頃価格で古着屋にて入手できるようになっているから試してみて!

      レザーパンツ

      時代:1980年代初頭と2010年代初頭

      反体制のクリエイティビティという政治的な姿勢において、パンクとヒップホップは多くの共通点を有しており、その必然とも言うべきか、どちらもエッジのある美意識を生んだ。パンクではレザージャケットにスパイクを付けたり、アシメトリーの髪型を打ち出すなど既成概念を覆すスタイルが誕生したが、ラッパーたちは袖を切り落としたシャツにレザーパンツ、そしてそれにマッチしたヘッドバンドを合わせるというスタイルを打ち出した。もちろんジーンズにレザージャケットを合わせるラッパーもいたが、レザーパンツがヒップホップの象徴とされていた時代に、そのスタイルはあまりにベーシックすぎると軽視された。その30年後となる今、カニエ・ウェストが、膝に懐かしのスラッシュマークまで再現したレザーパンツを復刻しているが、カニエ版は「人民の人民による人民のためのヒップホップ」という原点を無視するかのごとく、当時のものの数倍という価格で販売されている。

      adidasのトラックスーツ

      時代:1980年代中期と1990年代

      一般的に「ウィンドブレーカー」と呼ばれたトラックスーツ。その名の通り、数え切れないほどのBボーイやBガールたちがトラックスーツ姿でまるで風車のごとくヘッドスピンやウィンドミルといったダンスムーブを繰り出し、ヒップホップの世界に色を添えた。スポーツウェア・ブランドがこぞって発売していたウィンドブレーカーだが、なかでもダントツの人気を誇っていたのがadidas。よく見るとラインが2本……というバッタ物も多く出回った。adidasのトラックスーツがヒップホップの代名詞となるまでの流れを作ったのは、もちろんRun-DMC。彼らに至っては上下セットのトラックスーツに加え、adidas Allstarも合わせてadidasフル装備を特徴とした。彼らはヘヴィーなブレイクビート使いで完成された音世界を確立していただけでなく、その完成されたファッション・スタイルも手伝って、ヒップホップというムーブメントを新たな領域へと押し広げた。Run-DMCが打ち出したフル装備トラックスーツのスタイルが、10年後にNotorious B.I.G.などが打ち出したスウェットスーツやベロアスーツのヒップホップ・スタイルへの流れを作った。

      スパンデックス・パンツ

      時代:1980年代後期

      このスタイルを女性に限定されたスタイルと言ってしまうのは大きな語弊があるが、ここでは女性のスタイルとして話をしよう。JJ FadからSalt-N-Pepaに至るまで、スパンデックス・パンツから連想する女性ヒップホップ・アーティストたちのスタイルを考えるとき、そこに浮かび上がるキーワードはなんといっても「尻」だ。いや、もちろん「尻」だけが特徴なわけではない。しかし「尻」を強調するスタイルがもてはやされた背景には、ヒップホップの世界で女性の存在感が増すにつれ、男性オーディエンスたちに向け女性の度胸を見せる必要性もまた増したという状況があったのだ。女性ラッパーたちがスパンデックス・パンツと合わせてこぞって着用したのは、ビリヤードのボール「8」をデザインに配したレザージャケット。通常「8ボール(エイト・ボール)ジャケット」。トップスではヒップホップを叫びつつ、ボトムスでは女性性を訴えていたわけだ。

      ディッキーズ

      時代:1990年代初頭

      ギャングスタ・ラップは西海岸ロサンゼルスで生まれた。コンプトンやロングビーチでは、クレンショー大通りを中心として蔓延っていた過酷なストリート文化に生きる現実を、若いラッパーたちが歌い始めたのがきっかけだった。当時のアメリカ西海岸で一般的だったストリートスタイルは、DickiesのパンツにConverse All Star(Chuck Taylor)、白Tにフランネルシャツといったスタイルで、ギャングスタたちもまた同様のスタイルに身を包んでいた。当時のアメリカ西海岸には大きく分けてクリップス(Crips)とブラッヅ(Bloods)というふたつのギャング二大勢力があり、特にクリップスとその傘下のギャングスタたちは先のスタイルを打ち出していた。Dickiesのシグネチャー商品ともいえるカーキ色のパンツはギャングに限定されず一般的に広く愛用されたアイテムだったが、「ギャング」の特性として「忠誠を誓うメンバーたちが親組織とユニフォームを共にする」というのは世界万国共通のようで、この時代にはラテン系ギャングスタたちまでもがクリップスへの忠誠の証しとしてDickiesのカーキを履くようになった。現在では「スクラブ」と呼ばれる看護師ユニフォームを主な製品として多く製造しているDickiesだが、あの時代にDickiesロゴが配されたパンツを履いてどれだけの若者が抗争に命を落としていったかを考えると、なんとも皮肉な話としか言いようがない。

      マルチカラー・デニム

      時代:1990年代初頭

      ギャングスタ・ラップが暴力の世界を打ち出す一方で、ヒップホップそのものは繁栄期を迎えていた。アメリカには、過去に人種隔離政策で黒人が白人と同窓で勉強することができなかった時代があり、その時代に開かれた大学は「歴史的黒人大学(HBCU: Historically Black Colleges and Universities)と公的に呼ばれて今も黒人系大学として存続している。90年代初頭、それら大学の生徒たちがアフリカ系アメリカ人学生同盟(African American College Alliance)とともに独自のヒップホップ・シーンを生み、そこから "オルタナティブ・ヒップホップ"が生まれた。これがこの時代のヒップホップ界に「フラワー・チャイルド・ムーブメント」を生み、そこで訴えられる言葉はメッセージ性を色濃くしていった。ヒップホップ・ファッションの世界では、Cross ColorsやKarl Kaniが、アフリカを象徴するレッド/ブラック/グリーンというカラーや、ラスタのグリーン/イエロー/レッドにマッチしたデニムのアイテムを作り始めた。そこへバーガンディやオレンジ、インディゴを始めとする様々なカラーデニムが開発されていったが、その背景には「俺たちは一般社会と違う」という姿勢と主張の拡大があった。TLCと、彼女たちが打ち出したセックスに関するメッセージ、そしてA Tribe Called Questを思い出してみてほしい。オルタナティブ・ヒップホップがヒップホップへの冒涜だと考えられていた中(「オルタナティブ」とは「もうひとつの」という意味で、するとオルタナティブ・ヒップホップを「ポジティブなヒップホップ」と位置付けることで、「オーセンティックなヒップホップはネガティブな力から生まれたもの」と解釈される恐れがあったからだ)、それらアーティストたちは当時のラップに新たな領域を開拓していたのだ。服装もまた、新たなヒップホップ・ファッションを作り出していた。

      ハマーパンツ(サルエルパンツ、またはハーレムパンツ)

      時代:1990年代初頭と2010年代初頭

      MCハマーが履いていたパンツを、ヒップホップの黒歴史とするのは早計だ。ゴールドチェーンやゴールドの腕時計、金歯、そして高級車にはじまり、ヒップホップには今も昔も「豪華絢爛」を好む傾向があるが、その絢爛さとポップさ、そしてエキセントリックさを全身で表現したスタイルを、臆することなくヒップホップとともにメインストリームへと持ち込んだラップ界の第一人者——それがMCハマーなのだ。クラブで女性をはべらかす男を「ハーレム」と解釈したかのごとくMCハマーが選んだ"ハーレムパンツ"は、あの独特の横滑りダンスとともに一大ブームを巻き起こした。そんな旋風も「ハマーが自己破産」との報道で一気に衰退したが、数年前にはサルエルパンツが突然の人気復活。ヒップ周りはスッキリと、そして膝下には美しくテーパードが施されるなど、もちろん元祖"ハマーパンツ"そのものが流行したわけではなかったが、それでも数十年前のMCハマーの存在なしに、今回のサルエルパンツ復活はありえなかった——「元祖」があるからこその「復活」なのだから。

      カーゴパンツ

      時代:1990年代中期

      ラップ・ミュージックがサブジャンルとして浸透を見せていく中、インディーズのヒップホップ・シーンが活発になっていったのがこの時代。メジャーのレーベルはヒットするかどうかわからないアーティストたちへの投資を嫌がり、となればアーティストたちは自分たちで音楽づくりの道を切り拓いていくしかなかった。Duck Down RecordsやRawkus Recordsをはじめとする多くのインディーズ・レーベルが誕生し、所属アーティストたちがメジャー・レーベルでは作り得ない音楽を作り出して、現在の「アンダーグラウンド・ヒップホップ」の礎を築いた。もちろんそれらインディーズ・レーベルの多くは大手レーベルの息がかかったレーベルだったわけだが、それでもマーケティング手法やサウンドなど、彼らが打ち出したものはすべて本質から「オルタナティブ」だった。ファッションも同様だった。Triple 5 SoulやEcko、そしてLRGなどがこのシーンのファッションにおいてひとつの"基準"を作り、膝にまでポケットが付いたカーゴパンツが大人気となるなど、一時代を築いた。思えばあの時代のカーゴパンツは万能だった——ポータブルCDプレイヤーが入るポケットが配されたデザインが登場したかと思えば、より大きなポケットが配されたデザインが登場し……最後には「自分自身も収まってしまうのではないか」と思われるほどの大きさのポケットまで登場するほどエスカレートしていった。

      ジェイルハウス・ジャンプスーツ(監獄ツナギ)

      時代:1990年代中期

      バスタ・ライムスのおかげで流行ったと言っても過言ではないこのスタイル。ヒップホップが音楽業界において商業的な地位を確立していくなか、アーティストたちがツナギを着てテレビに出るということは、それまでに若い黒人たちに根拠のない偏見と疑いの目を向けてきた白人社会を公開処刑するような意味を持った。監獄ツナギは、みるみるうちにヒップホップの新たなユニフォームとしてアーティストたちの間でもてはやされるようになり、ビースティ・ボーイズがアルバム『Hello Nasty』の世界観として危険物処理班員のユニフォームを、パフ・ダディとメイズがフェイクレザーのジャンプスーツを、ミュージック・ビデオでまとうなどした。しかしここで、このスタイルを試したいというひとへの注意点——どれだけジャンプスーツが似合うひとでも、頭(もしくは目)にゴーグルをつけなければこのスタイルは完結しないから気をつけて!

      シャイニー・スーツ・パンツ

      時代:1990年代後期

      Topac ShakurとNotorious B.I.G.が立て続けに他界し、ヒップホップにおけるひとつの大きな時代が幕を閉じた。そして迎えた新たな時代だったが、これは誰もが黒歴史として忘れたい時代だろう。シャイニー・スーツの時代——ラップ界はドル箱産業にまでなっていたが、文化的には枯渇していた。もとはNotorious B.I.G.が、ヒップホップに持ち込んだ(レーベルRock-A-Fella Recordsまでがその波に乗ったのだ)マフィアの世界観で、テーラード・スーツやフェルトハット(フェドラ)などが象徴的なアイテムとして多用された。スーツは派手さの極みに達し、とどまるところを知らない勢いのヒップホップに巨額の金がなだれ込む新時代が到来したことを象徴していた。奇しくもヒップホップのドル箱化が顕著になったのはナップスター誕生とときを同じくした1999年のこと。大手レコード会社はこの音楽ネット共有サービスが従来の音楽事業の形態を破壊するとして(CDの売り上げだけがレコード会社の収入源だった時代だ)、ナップスターをきっかけにネット上に多数誕生した音楽共有サービス会社を躍起になって訴えた。一方のラッパーたちは、シャイニーなスーツを着て、大手レコード会社の悲観を「んなこと心配してんのか」と笑い飛ばしていた。

      サギー・ジーンズ(腰パン)

      時代:2000年代初頭

      もちろんジーンズはこれまで常に極小から特大まであらゆるサイズで展開されてきた。下着のバンド部分が少し覗いただけで「そのジーンズ大きすぎるんじゃない?」などと言われた時代もあったものだ。しかし2000年代初頭、下着のバンドをわざと見せるというトレンドが発生。着丈の長いホワイトTが流行したのも相まって、ジーンズの上部から覗かせるのは、下着のバンドだけでなく、下着に包まれた尻全体にまでエスカレートした。足元にエアフォースワンさえ履いていれば、くるぶしから上では何が起こっていても誰も気にしない時代だった。

      スキニー・ジーンズ

      時代:2000年代初頭

      いま思えば、2000年初頭という時代はジーンズのサイズにおいて究極のみが許された時代だった。ジーンズのトレンドは超バギーから超タイトへと変化し、ヒップホップの世界でも一般的なトレンドがもてはやされる時代が到来して、スキニー・ジーンズの流行が始まった。「始まった」と言っても、ヒップホップ界が従来のスタイルから脱却するにはそれなりの時間がかかった。しかし、一度スキニー・ジーンズが受け入れられてしまうと、そこからの流行はあっという間だった。その数年前までは、誰もが自らの服の中で溺れてしまえるほど、とにかく「特大」が定番だったヒップホップ界。そこへ、Kid Cudiなどのラッパーがスモールとミディアムの間に位置する「スミディアム」というサイズを作り出すなど、ヒップホップ・ファッションは急激な変化を見せた。しかし、そんな流れに最後まで争ったラッパーも少なからずいた。ジェイZは「タマがデカすぎてスキニー・ジーンズなんか履けねえ(Can't wear skinny jeans 'cause my knots don't fit.)」と歌っていた。

      テーラード・スーツ・パンツ

      時代:2000年代後期

      ヒップホップ・ファッションの歴史をリアルタイムですべて体験してきたラッパーたちは、21世紀最初の10年が終わろうとしていた2000年代後期には大企業の重役のような装いをするにまで進化を遂げた。40歳になるのを機にその年齢にふさわしいスタイルを打ち出すことで「ヒップホップ=若さ」という定説を覆したジェイZが、この流行を率いた。ビジネスマン然とした服装がもてはやされる流れは、もちろん90年代後期からあったが、その世界観は明確な違いを持っていた。マフィアの世界観が主軸のスーツがもてはやされたのが90年代だったわけだが、21世紀に入ると、その世界観はイルミナティ的に……。

      スカート

      時代:2010年代初頭

      2010年までに、ヒップホップはパンツへのこだわりまで捨てるに至った。女性ラッパーが再びヒップホップ界を率いる時代が到来したのもその流れを手伝った。90年代にも、リル・キムやフォクシー・ブラウンなどがビキニやファーで挑発的なファッションを打ち出し、ローリン・ヒルがカーゴパンツやスカートでストリートを、ミッシー・エリオットが奇抜なファッションで宇宙感を打ち出して圧倒的な存在感を放ってはいたが、21世紀にはニッキー・ミナージュの登場でまったく新しいヒップホップの世界が広がった。一方の男性ラッパーたちは、みるみるうちにクチュールの世界へと傾倒していった。カニエ・ウェストやA$AP Rockyをはじめとする多くのアーティストたちが、レザーのアイテムやスカートを履くなど、それまではラッパーの世界観と相容れなかった「ハイファッションのスタイル」を積極的に取り入れるようになっていった。ヒップホップにおける「スカートとジェンダー」は議論の的となったが、結果として、やはり良いものは必ず生き残るものなのだろう、今でもヒップホップも男のスカートも健在だ。

      ハイエンドのレッグウェア

      時代:現在

      ハイエンドのストリートウェア・ブランドとファッション界の重鎮的存在の老舗メゾンは家族のような関係にある現在。ヒップホップ界でも、デニムからレザー、スウェットパンツ、パンツ、その他あらゆるアイテムが受け入れられている——「高価」が条件ではあるようだが……。昔ながらのストリート感覚を保った質素なヒップホップ・ファンたちには、自由にパンツスタイルを楽しむことをお勧めする。今日はスキニー・ジーンズ、明日はジャンプスーツといった具合に。ヒップホップもラッパー・ファッションも、風の吹くままに移ろってきた。これからもきっとそうだろう。

      Credits

      Text Kathy Iandoli
      Translation Shinsuke Kuriyama at WORDSBERG Inc.

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      Topics:think pieces, music, hip hop, culture, hiphop, fashion

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